昭和五七年一月十一日朝の御理解
x御理解第六節 「眼には見えぬが神の中を分けて通り居る様なものじゃ。畑で肥をかけ て居ろうが、道を歩いて居ろうが天地金乃神の広前は世界中であるぞ」
z今朝方から私はこういう様なお夢を頂いた。善導寺の向こうにある津遊川という所がございますね、その津遊川というのが字が露という字ですね。雨露の露です。露川に何か大きな堤の様なのがあって、そこから温泉が出て、温泉プ-ルて言うですか、が出来たというお夢でした。そしてそこに、私と家内と、まあ泳ぎに行ったというか、温泉に行ったわけでもないでしょうけれども、こう入ると家内がだんだん深い方に行きますから「お前、泳ぎきらんとにそげな深い所へ行きよったらおぼれるぞ」と私が申しましたら、それに対して何の返事もせずに、その、もう首位の所まで行ったら後は泳ぎだした。その泳ぎの、又スイスイと泳いで行く、いつの間にこんな泳ぎがでける様になっとっただろうか。と言うておるところで眼が覚めた、ね。
いつの間に信心が、例えば育つという事。皆さんも御承知の様に私の家内は、もう全然、もうそれこそ黙って治める第一人者でしょう、ね。例えば、家族もこんなに沢山な事ですし、まあいうならば嫁が四名おります。孫たちが十名からの孫たちに囲まれて、まあいうなら四人の嫁達を相手に毎日、けれども、その、それこそ、こっとりとも言わんちゃこの事やろと思うくらいに全然問題がないですね。
たった一人の嫁さんと婆さんとでも、ぶっすり、がっすり言う様な所が沢山あるのに、私の方には四人の嫁がおります、ね。それでね、あのうおかげを頂いておるのはどういう事だろうか、と。
それこそ今日の御理解には当たりませんですけれども、眼には見えぬが、とこういう、ね、いつどういうふうにして育っておるのか、いつ泳ぎを覚えたのかは知りません。わかりませんけども、どういう例えば、中にあっても、そこをスイスイと黙って、しかも泳いで渡って行けれるという事、いつの間にこういう稽古がでけておっただろうかと。
例えば、ほんなら肥料を施しますね。今日の御理解の中には、畑で肥をかけて居っても、とこういうが、ここはどんな場合であっても天地の親神様の御恵みの中にあるんだぞ、と教えておられるわけですが、確かにね、天地金乃神様の広前であるぞ、というもの、天地金乃神様の広前に直参と言うでしょうか、浸っておると言う事でしょうね。いわゆる露川というその、露というのが、その、雨露の露ですから、御恵みの、いうならばいつも御恵みの露の中に浸っておる。まあいうならば、信心が頭でわかるとか、身体でわかる、と言うのじゃなくて、もういつの間にかこの毛穴からしみ込んで行ってる様にわかっておる…それで自分としてもわかっておるとも、信心がわかったの、出来たの、とも思っていない様子です。それでいて、どういう中にもです、ね、スイスイと泳いで、黙って泳いで行けれれるという事、ね。
たまにはやっぱ、一言くらいは言わなという事がやっぱ、その、あるに違いはないのですけれども、いうならば私と共に黙って、まあついて来る、ね。そして、いつの間にかね、私の、いうならば信心を体得して行っている。いつの間にか泳ぎを覚えて行っておる、ね。わかったとね。でけておると、例えば言うても、それがでけたりでけなかったり、わかっておってもそれを行じなかったりしたんでは、私いつまでたっても、様々な人間関係、様々なほんなら問題、難儀ね、経済様々な難儀というのは、いっぱいあるんですけれども、その難儀の中をですよ、ね、どんな問題の中でも黙ってスイスイと泳いで渡って行けれる手立てをね、頂かなければならない。
天地金乃神様はね、世界中が天地の親神様のお広前である、というのである。畑で肥をかけて居ろうが、道を歩いておろうがね、それを道を歩いておる時だけ、何は何々をしておるという時だけ、御神前にだけ、どうである時でだけというのじゃなくて、もう一切の中を黙ってという事は、一切がこの中に入って来る様ですねえ。黙って治めるという事は。治めるという、治めるという、あれもないのじゃないでしょうか。自分が黙ってこらえとりゃあ治まるから、という様なこう、きばったもんでもない。私自身が、時々家内の信心にびっくりする事があるんです。
こういう事を黙っておるという事等にあいます時にね、私は、今朝から頂いとるお夢は、その深かとこさん行きよっと、お前おぼれるがち、泳ぎきらんとを知ってるもんですから、ね。この人はひとつも信心がでけんという事は、私が知っておりますもんですから、ね。けれどもです、私の知っておる家内と神様が知って御座る家内とは違う。ほう、いつの間にこんなに泳ぎ習うただろうか。私は信心とは、私、泳ぎを覚える事だと同じだと思うんですね。
「身を捨てて浮かぶ瀬もあり年の暮れ」何かそんな事がありますね。昨日、宮崎から今ここで、網先生の姉さんにあたります。まつ子さんと言います。お夢を頂いて、誰かが、zその飛び込め、飛び込めとこう言う。それで、まあ飛び込んだら上がって来る時に、こんな、それこそ目の下一尺五十もある様な、手でこうしておりましたが、鯉を抱いて上がって来た所を頂いたという。どういう事だろうかと、どこに飛び込むのだろうか、ね。いうならば神様を段々わかって来た、ね。如何に飛び込め飛び込めと言われてもね、泳ぎを知らんでは飛び込めるもんじゃない。そこに泳ぎというもの、泳ぎが多少でもでける自身があるから飛び込めるのです、ね。結局、合楽教会に飛び込めという事じゃないだろうか、と。
まあ、今自分も、まあ腹は決めた様であって決まらん様であって、いうなら教会修行ですね。教会に飛び込めという事。そして本気で修行をせろとね。本気で飛び込まなければ、いうならお徳は、鯉という事はお徳と言われ御神徳と言われますから御神徳は受けられんぞ。御神徳を受けるとあんただけの助かりじゃないよ。網一家だけの助かりじゃないよ。人が助かる様になるよ。という理解を頂いて、まあ心が本当に動きだした、ね。どうでも、ひとつ合楽教会に、まあ飛び込ませて貰うという事は、そのお夢の中に頂いてる通りであろうと、こういう様な事でございましたがね。これはいうならば、飛び込むという事は、全身全霊を、いうなら神様に捧げるという事であり、自分という者を空しゅうしなければ出来る事ではない。
だから中途半端な事ではいけんから、まあ本気でしっかり、まあその気持ちになったというお届けをしましたけれどもね。まあだ親も知らんから、大体この十三日頃までここに泊めてもろうてと言うつもりだったけれども、その事をお父さんに電話をかけた。まあ、お父さんと親一人子一人の様にして、御兄弟はあるけれども、もうお医者さんしておられますから一緒にはおらんのです。お父さんと二人暮らしの様な状態ですけれども、お父さんに、いわゆる宮崎支部長ですね、電話をかけて、大体信心もでけておるのじゃけども急に、いわゆる教会修行をするといった様な事を言うて、お父さんもびっくりして、ちょっと返事が出来ないくらいにあった、とこう言う、ね。
けども合楽の信心をわかればわかる程ね、神様が何かそういう求めておられる。それに答えなければならない様な所に現在あるわけです、ね。例えば私の方の家内の場合なんかは、ここん所を、答えるとか答えないとかじゃないけれども、いつの間にか、お道の教師の主人であり、家内であり、いわば今でいうこそ皆さんから親奥様、親奥様を言われる、まあ立場におかげを頂いておりますけれども、ね。初めの間は例えば、私がお道の教師という様な事にならねばならんという事だったら、とても私はついては行ききらんと言う。
私の修行が苛烈になった時分に、家内がそういうふうに申しておりました、ね。だからいつの間に教師になったか、人が助かる様になったかわからん様にして、合楽は開けたわけですけれども、そういう、ほんなら、わからんなりに今日まで数十年間、私と共にまあおかげを頂いてまいりました。その間に、いうなら、わかったかわからんか、わからない様な状態の中にです、私はわかっとらんと家内は思う。
もう、もの言わんからわかって来ん、有難かった。はあ、今日の御理解頂いてここで本当私はおかげ頂きました。とか何とか言わんもん。いくらおかげ頂きました、と言うても、もう何日かすりゃ元にもどっとる様なおりに、もう何とはなしにいつの間にかわかって、いつの間にかスイスイと、どういう問題の中にでも泳いで疲れれる様な、いうならば、まあいうならば実力を頂いて来ておる、ね。それこそ神様は一目に見て御座る、ね。「天地金の神様のお広前は世界中であるぞ」と、「それは畑で肥をかけて居っても、道を歩いて居ってもそうである」ね。そういう神様をです、ね、眼には見えぬが、それこそ自分にも気がつかない、夫婦である主人である私ですら気が着かない間に泳ぎを覚えておる。皆さんの場合でもそうです。
折角合楽に御縁を頂いて、いうなら合楽の、まあお恵みの露の中に、日々信心の稽古をなさっておられるのですからね。やはり、その黙って治めると言った様な事を言われるんですけれども、これをやっぱり貫ぬかなければ、ね、信心は身につきませんですよ。私の家内の場合は、人が助かる様になってまあ三十年余り、そん、黙って治めるというふうな、私が黙ってさえおればいいから、私が辛抱さえしとけばよいからといった様なそういう意識もない様ですけれども、只黙ってついて来ただけですけれども、いつの間にか眼には、それこそ見えんけれども、はっきりした所はわからんのだけれども、やはりどんな中での泳いで疲れれる、いうならば、ま、世渡りという事を申しますね、世渡りの難しさというけども、その世渡りの難しい中に、それを難しいとも難しくないとも言わず、思わず、只それがいつの間にか、ま、それかと言うて有難い勿体ないで、という様な心が開けておる様にも感じられない、ものを言わんからわからん、ね。
それこそ只、黙々としてですから、ね。そういう中にです、いうならば立派な泳ぎを覚えさせて頂ける。私、今朝からのお夢を頂いて、信心というものは、わかったとかわからんとかというではなくてね、わかったと言うておってもそれが血に肉になるまでに、それを行の上に現さなかったらわかった事にならん。只、信心が詳しくなったというだけである、ね。さあ、ほんなら信心の有難い話をしてみなさいと言うても、すぐ自分でわかっていると思っていないからお話もでけんのだけれども。いうならば何て言うでしょうかね、もう身体でこなせれるというか、いつの間にか血に肉になるという様な事がはっきり目の前、ま、その、はあ今日はこんなもん食べたから、もうこれだけじゃ…なんて言った様な事じゃないですからね。いつの間にか血に肉になり、そういう信心がこりゃあ、私自身にも家内の様な信心に欠けておるなあと。
今日は意味はちょっと違いますけどね。眼には見えんけれども、という様な所から、家内の信心こそ眼には見えない、いうなら、わかりよっかわかりよらんかわからん。しかも何十年間それこそ、ほんなら家庭の中で、まあだ両親がおります時でもう、親とどうこうあったという事、あったかも知れませんけども全然言わん。形に表したり態度に出さんかわからん。ほんなら現在でも、四人の嫁達と十人の孫達に囲まれて、問題があるなら、そりゃあ問題もあろうごたるけども、全然問題がない。そいけん、特別有難いというふうな、あれも見せない。そして、まあいうならば黙って治めるという、黙って私が治めようといった様なものではないけれども、いつの間にか泳ぎを覚えておる、ね。そういう信心が、段々ひとつ身についてまいりますという事がです、信心が本当に血になった肉になったと言う事じゃないでしょうかね。どうぞ。